ひまわりは先に家に帰っていた。
一人だと怖いだろうからと、眠るまでは一緒にいた。
やはり相当疲れていたのだろうか、彼女はすぐに寝息を立てていた。

一人、帰り道を歩く。
そして家に辿り着いた時、玄関先にその人がいることに気付いた。

「……やあ」

オラは、少し笑みを浮かべながら声をかける。

「……おかえりなさい、しんのすけさん……」

その人――あいちゃんもまた、オラに返事を返す。

「オラを待ってたの?どうせなら、家で待ってればよかったのに……」

「いいえ。帰りを待つのも、妻としての役目ですので……」

「だから、まだ妻じゃないって。……それより、さっきはありがとう」

一瞬、あいちゃんは面をくらったように驚く。

「さっき、オラ達が捕まってた時、外にいたんでしょ?」

「……いつ、気付かれましたか?」

「別に、気付いてはいないよ。……ただ、あいちゃんのことだ。車椅子に、何か仕込んでたんでしょ?」

「……お察しの通りです。ひまわりちゃんの車椅子には、ひまわりちゃんの心拍数を計測して、もし異常値が出た後に席を離れた時、背に向けて発信機を飛ばす仕組みがありました」

「だろうね。天下の酢乙女グループの最新型だし、そんくらいの凄い機能はあると思ってたよ」

「………」

すると急に、あいちゃんは表情を暗くする。視線を下に向け、口を噛み締めていた。
そしてしばらく沈黙した後、静かに、口を開いた。

「……しんのすけさん、ごめんなさい。今回の件は、私のせいです」




892 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)01:43:58 ID:onrT2kiIN
「いや、別にあいちゃんのせいじゃ……」

「いいえ。こうなったのも、私が余計なことを広げたからです。
私自身の警護は、常に万全です。しかし、こんなに早く、しんのすけさん達に危害が及ぶとは……」

あいちゃんの表情は、沈みきっていた。
今彼女は、自分自身を激しく責めているのだろう。

「……あいちゃん、それは違うよ。そもそも、四郎さんは、金目当てにオラ達を連れ出したわけじゃないし」

「……そうなんですか?」

「うん。四郎さんは、ただ、助けてほしかったんだと思う。
今の状態が辛くて苦しくて、どうすればいいのか分からなくて……それでも、毎日を過ごさなきゃいけない。彼は、疲れたんだよ。
だからこそ、オラの家に来たんだと思う。金目的ってのは、たぶん後付だろうね。
きっと、誰かに手を差し出して欲しかったんだと思う。自分の境遇を聞いて欲しかったんだと思う。
……最後に見た四郎さんの顔が、そう言ってた気がしたんだ。
もちろん、それは四郎さん本人じゃないと分からないだろうけど」

「……四郎さんは、しんのすけさんに救われたんですね」

「違うよあいちゃん。オラは、何もしてないんだ。ただ、少しだけ背中を押しただけ。
最後に足を踏み出したのは、四郎さん自身なんだよ」

「……そう、ですね……そういうことにしておきます」

あいちゃんは、ようやく笑みを浮かべた。

893 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)01:44:04 ID:onrT2kiIN
最後にあいちゃんは、深々と頭を下げる。

「――とにかく、本当にごめんなさい。これからは、気をつけるようにします」

「だから、それはいいって」

「……でも私、ますます気持ちが強くなりました。やっぱり私は、あなたと共にいようと思います」

「それは……どうなんだろ……」

「フフフ……言ったはずですよ?私、しつこいんです。――では、おやすみなさい……」

そしてあいちゃんは、微笑みを残して帰って行った。
何だかますます明日からの生活が不安になったが、今日は休むことにした。

家に入り、眠るひまわりの部屋を覗く。

「……お兄ちゃん……」

ひまわりは、目を閉じたままオラを呼んでいた。
……どうやら、寝言のようだ。

「……おやすみ、ひまわり……」

起こさないように呟いたオラは、ドアを閉める。
そして自分の寝室に行き、泥のように眠った。

……その日の夢は、久々に父ちゃんと母ちゃんが出て来た。
二人は、オラを見て笑っていた。とても、暖かい笑顔……とても、安らげる笑顔だった。

895 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)02:17:49 ID:onrT2kiIN
それから数日後、オラは仕事に翻弄されていた。

「――しんのすけさん!これとこれ!すぐにデータにまとめてください!」

「ふぁぁあいぃ……」

目の前には、次々と分厚い資料が山積みとなっていく。

酢乙女グループでは、新事業を進める。
その指揮を執るのが、あいちゃんとなっていた。

おかげで連日この有様。残業に次ぐ残業の毎日。家にはとりあえず帰って数時間程度寝るだけの毎日だった。
しかし今日が山場であり、明日以降は落ち着くとのこと。

オラは袖を捲り上げ、栄養剤を一気飲みする。
そしてパソコンに正対し、キーボードに覇気を込め―――!!

「しんのすけさん!これも追加!!」

……とにかく、頑張ってみる。
オフィスからは、今日もキーボードの音が鳴り響いていた。

912 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)02:58:03 ID:onrT2kiIN
クタクタに疲れ果て、家に帰る。
今日は連日の残業を考慮され、日中に退社させてくれた。

玄関を開けるも、もはや『ただいま』を言う元気すらもない。靴を脱ぐなり、這いつくばるように家の中に入って行った。

「―――そうだね。それは分かってる……」

――ふと、台所から、ひまわりの声が響く。

(ん?)

「……そう……うん……ごめんね……」

どうやら、電話中のようだった。相手はおそらく、風間くんだろう。

盗み聞きをするのもアレだったから、とりあえず二階へと避難することに。

「……でも、やっぱり……そう……ごめんね……」

……何やら、重苦しい口調だった。
なんだろうか。何か、トラブルでもあったのだろうか……。

どうするか悩んだが、あえて声を出してみた。

「……ただいま」

「え――ッ!ご、ごめん!お兄ちゃんが帰ってきた!またあとでね!」

台所の奥から、慌てて電話を切るような会話が聞こえる。
そしてその後、きこきこと音を鳴らしながら、ひまわりは車椅子で出迎えた。

「お、おかえり!今日は早かったね!」

「ああ。ちょっと早く終わってな」

「そうなんだ!ほら、早く着替えてきなよ!」

「……そうするよ」

オラは、家の奥へと向かう。

……やはり、何かあったようだ。
ひまわりの話し方が、無駄に明るい。こういう時は、何かをオラに隠しているパターンだ。
伊達に彼女と長く過ごしているわけではない。彼女の癖など、オラにはお見通しだった。

……問題は、何を隠しているのか、ということ。
話しの感じから、おそらくは風間くんとの何かだろう。

……しかしまあ、男女の仲に親族が首を突っ込むのもアレだったので、オラは気にせず、食事の用意を始めた。
今日のご飯は、焼き魚にしよう。




920 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)03:52:39 ID:onrT2kiIN
「――しんのすけさん、昨日はお疲れ様でした」

次の日、出勤するなり、あいちゃんはコーヒーを持って歩み寄ってきた。

「ああ……ありがとう、あいちゃん」

「すみませんでした。本来、あの仕事はしんのすけさんがすべきことではなかったのですが、人手が足りず……」

「いやいや、全然大丈夫だよ。むしろ、久しぶりに思いっきり働いたって感じだったし」

少しオーバーに、手足を伸ばしてみる。
それを見たあいちゃんは、クスクスと笑っていた。

「そう言ってくれると、こちらも気が楽です。……それはそうと……」

ふと、あいちゃんが話題を変えて来た。

「あの、しんのすけさん。……風間さんから、何か話はありませんでしたか?」

「え?風間くんから?……いやぁ、何もないけど……」

「そうですか……。それが先日、噂で聞いたのですが……〇△企業が、海外に新たな支社を作るらしいのですが……」

「〇△企業?風間くんの会社……」

「はい。そしてその支社の経営を、若い者が任されたらしいのです。――その人の名前が……」

「………まさか……」

何か、嫌な予感がした。
オラの顔色が、瞬時に変わったのかもしれない。あいちゃんは、少し躊躇するように、口を開いた。

「……はい。風間……という人らしいのです……」

「………」

……考えるまでもないだろう。それはおそらく、風間くんに違いない。
海外の支社を任される若い社員でその苗字なら、彼しかいないはず。

……でも、もしそれが本当なら……

「………ひまわり……」

思わず、その名前を口にしていた。
あいちゃんは、ただ険しい顔をして、オラを見つめていた。

925 :名無しさん@おーぷん:2014/08/25(月)07:49:34 ID:COUHQkwjo
こりゃあ……もう……なぁ……

928 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)11:30:32 ID:E7AhteP8V
仕事終わり、家に向かう。
あいちゃんが言っていたことが本当なら、風間くんは海外の支社に向かう。そしてそこに、永住する。
……それなら、ひまわりは……

(……付いて、行くんだろうな……)

そう考えると、心の中に穴が空いた気分になる。
……でも、鳥はいつか巣立ちをして、家族から離れていく。それが、今かもしれない。
それはとても寂しいことだと思う。だけど、それが一番ひまわりが幸せになることだと思う。
それなら、オラは……

「……ただいま」

重い体を引きずるように、家に帰り着いた。

「お帰り!お兄ちゃん!」

ひまわりは、いつもと変わらない笑顔を向けていた。でもこれも、そのうち消えてしまうのかもしれない。
……それに、それは話しにくいことでもあるだろう。オラは、背中を押すことにした。

「……ひまわり」

「うん?どうしたのお兄ちゃん?」

髪を揺らしながら、ひまわりは首を傾げた。

「……風間くんから、何かなかったか?」

「………え?」

ひまわりは、固まった。やはり、話を聞いていたようだ。

「今日さ、聞いたんだよ。風間くんが、海外に行くことを……もちろん、聞いてるんだろ?」

「………」

ひまわりは、表情を落としていた。




929 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)11:34:58 ID:E7AhteP8V
それから、オラ達の間に沈黙が流れる。居間の方から、テレビの音が小さく聞こえるだけだった。
玄関に立つオラ。廊下で動かないひまわり。
――とても、長い時間が流れたように感じた。

「……ひまわり……あのさ―――」

「――別れたよ」

ひまわりは、オラの言葉を遮るように、早口でそう言った。

「……え?」

「私達、もう別れたの。言ってなくてごめん」

「い、いや……別れたって……」

「――ほらお兄ちゃん!晩御飯出来てるから、ご飯にしよ!私、お腹空いちゃった!」

そう言うと、ひまわりは再び笑顔をオラに見せ、奥へと向かう。

「お、おい!ひまわり!」

彼女は、オラの呼び掛けには答えなかった。

(……別れた……別れたのか?)

その時、オラの中では二つの想いが入り混じる。
二人が別れたことの動揺。残念さ。……そして、少しの安堵感。

その安堵感を感じたオラは、無性に自分が許せなく思った。
だけど、どうすればいいのかも分からず、唇を噛み締めたまま立ち尽くしていた。

937 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)12:54:34 ID:E7AhteP8V
次の日も、また次の日も、ひまわりは変わらない日々を過ごしていた。
あれ以降、その話題に触れることはない。
ひまわりが、一切その話題に触れることはなかった。何も話さず、ただ日常の光景が繰り広げられるだけだった。

……いや、それは卑怯な言い方だろうな。
ひまわりが話さないんじゃない。オラが、聞かないだけだった。
たぶん、心の中では、このまま風間くんと別れて、ひまわりがずっといてくれることを望んでいるのかもしれない。
でも、胸の中にあるモヤモヤは、全く取れない。

行って欲しくないという気持ちと、曇りがかった憂い……その両方がオラの中に混在し、頭の中をグチャグチャにさせる。
……これじゃあ、どっちが保護者なのか分かったもんじゃない。
こんなにオラは、頼りない奴だったのだろうか。何だか自分が自分じゃない気持ちだった。

……そして、オラはまた、実体の掴めない気持ちに揺らされる毎日を過ごしていた。

940 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)13:47:58 ID:E7AhteP8V
「――そうですか……ひまわりちゃんが……」

「はい……」

仕事の休憩中、オラは黒磯さんに、自分の胸の内を打ち明けた。
黒磯さんは、嫌な顔一つせず、オラの愚痴のような話に付き合ってくれた。

「……私自身、そういう恋愛沙汰は疎くて……何とも言えないところはありますね。
ただ、それは本当に、ひまわりちゃんが望んだことなのか――それが気になります」

「……どういうことですか?」

「………」

黒磯さんは、何かを考える。目はどこかを向き、まるで言葉を防ぐかのように、手を口に添えていた。

「……それは、今はまだ分かりません。
それよりも、私としては、別のことが気になりますね」

「別のこと?」

「……あなたのことですよ、しんのすけくん」

「お、オラ?」

「……人は、何か複数の選択肢で悩む時、答えは、既に決まってるものなんですよ。悩むのは、その確認作業なんです。
これで本当にいいのか分からない。そうしたいが、それが正しいのか分からない。
だからこそ、人は誰かに救いを求め、教えを乞うのです。そして、自分の判断の正しさを検証するのです」

「………」

「……さて、しんのすけくんは、どちらに決まっているのですか?もちろん、その答えは、しんのすけくんにしか分かりません。
ただ、私の知るあなたなら、きっと後は足を踏み出すだけなんです。何しろあなたは、お嬢様が認めた人物なのですから」

「……黒磯さん……」

話し終えた黒磯さんは、微笑みだけを残して立ち去って行った。
彼の話は、オラの体深くに響いていた。

……本当は決まっているはずの、オラの気持ち……
でも今のオラには、いくら考えても分からなかった。

941 :名無しさん@おーぷん:2014/08/25(月)14:17:03 ID:6i3eSURe0
黒磯△




961 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)20:09:01 ID:E7AhteP8V
仕事を終え、帰宅する。
しかし家とは別の方向に歩いていた。このまま素直に家に帰るのは、少し複雑だった。
フラフラと商店街を歩く。
一体どうすればいいのか、改めて自分に聞いてみる。……返事は、出来なかった。

「――しんちゃん」

ふと、後ろから話しかけられた。

「……ん?」

後ろを振り返ると、そこにはぼーちゃんがいた。

「ああ、ぼーちゃんか……仕事帰り?」

「うん。……ねえ、しんちゃん」

「うん?なに?」

「……ちょっと、いい?」

ぼーちゃんは、何かを訴えるかのような目をしながら言ってきた。
何か、話があるのだろうか……

ぼーちゃんに誘われるまま、オラ達は近くのファミレスに移動した。

962 :名無しさん@おーぷん:2014/08/25(月)20:23:01 ID:5d8gkdsyR
ぼーちゃんサイドが来たwっw

965 :◆YAe/qNQv0cvW:2014/08/25(月)21:20:46 ID:E7AhteP8V
ファミレスの中は、客が疎らだった。
ぼーちゃんはコーヒーを飲みながら、小難しい顔をしていた。

「それで……ぼーちゃん、話があるんでしょ?」

「……うん」

ぼーちゃんはコーヒーカップを置き、オラを見た。

「……僕、この前、風間くん達を見た」

「……え?」

「公園で、話してた。……ひまわりちゃん、泣いてた」

ぼーちゃんは、沈んだ表情でそう話す。

「……ひまわりが……どんな話かは、聞いたの?」

「詳しくは、聞けなかった。……でも、二人とも、とても悲しそうだった……」

「……そう……」

おそらくは、ひまわりとぼーちゃんが言うことが本当なら、たぶん別れ話をしていたんだろう。
そして、ひまわりは泣いていた―――それが意味することは、おそらく一つしかないだろう。

思案に耽っていたオラに、ぼーちゃんは声をかける。

「……僕、二人のことは、よく分からない。何があったかも、分からない。
でも、二人に、あんな顔、してほしくない。それは、しんちゃんも同じだと思う」

「ぼーちゃん……」

そしてぼーちゃんは、もう一度コーヒーを飲む。

「しんちゃん……キミは、僕の大切な友達。キミのことを、信じてる……」

ぼーちゃんは、それ以上何も言わない。
……いいや、きっとそれだけで十分だと思ってるんだ。オラを、信じてるんだ……。

「……分かったよ、ぼーちゃん。オラ、やってみるよ」

少し大きく、返事を返す。ぼーちゃんは、ニコリと笑っていた。

鬼の目にも涙、か……

コチラからご覧ください↓




①【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

②【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

③【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

④【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

⑤【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

⑥【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

⑦【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

⑧【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

⑨【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

11【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。

最終回12【涙腺崩壊】クレヨンしんちゃん作者事故死から7年…今明かされた22年後の物語に涙が止まらない。※日本中が涙しました。