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黒木知宏とイチロー!

 

引退した黒木知宏を一番認めていた選手はイチローだったらしい。

 

その時こんな事を話していたようだ。

 

「久々にイチロー語録。引退した元ロッテのジョニーこと黒木知宏と8年ぶりに再会したイチロー。同級生とあって話も弾んだ模様。

 

その後のイチローによる黒木評が非常に簡潔明瞭で,さすがイチロー!という出来でしたので,ここに取り上げます。

 

「ピッチャーとバッターの境界線をちゃんと守って,その中で勝負してきた」

 

「気持ちのいいピッチャー。やられた時はやられたって思わされるピッチャーだった」。

 

後でイチローの言葉を伝え聞いた黒木は,「すごくうれしい。僕の気持ちを一番感じてくれたのがイチロー君だったのかな,って思います」と喜びのコメント。」

 

ほほう!

 

イチローが認めていた男だったんだな。

 

黒木知宏。

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 黒木知宏退任発表!現役時代の年俸と悲劇の歴史が記憶に残るヒーローだった?

現役時代の悲劇!黒木の人気を確かなものにしたあの出来事・・・

 

Q「ロッテにいた黒木知宏投手はなぜあんなに人気があったのですか?人柄ですかね?」

 

A「人柄や性格もありますが、全国に名前が知られるようになったのは「悲劇のエース」としての印象が強かったからです。1998年のシーズン。

 

ロッテは連敗を重ねそれまでの日本記録の16連敗についに並んでしまいました。

 

不名誉な新記録の達成だけは免れようと、17戦目のマウンドに立ったのが黒木投手でした。

 

対戦相手はオリックス。

 

黒木投手は気迫あふれる投球でイチロー選手を2三振(イチロー選手が1試合に2三振したのは、98年ではこの試合が唯一)に取るなど8回まで4安打1失点の好投をしました。

 

最終回もファーボールでランナーを出したものの、2アウトまで追い込み、150キロ近い球速を百球を超えても投げるなど、もはや連敗脱出は確実と思われました。

 

民放ではパリーグの試合はほとんど放映されないのですが、巨人―ヤクルト戦が早くに終わった為、一部の地域では連敗脱出寸前のロッテ対オリックスに報道が切り替わっていました。

 

しかし、9回2アウト、2ストライク。

 

最後のボールを投げた黒木投手の渾身の外角低めのストレートでまさかの同点HRを打たれ、全国放送の中で黒木投手がマウンドに泣き崩れました。

 

結局ロッテは延長戦で負け新記録達成。

 

黒木投手は一夜にして「悲劇のヒーロー」として全国に名前を知られる存在となりました。

 

その後、翌年西武に入団した松坂投手、近鉄中村選手とともに、パリーグの顔としてマスコミの話題の中心となりました。

 

もちろん有名になった後は、彼の背番号に対するこだわりのエピソードや、中村選手との名勝負。

 

ファンに対する姿勢、連続死球0記録の更新等紳士的な性格等人柄で愛されました。

 

しかし人気がでたきっかけはやはりあの時の試合に間違いないと思います。」

 

転載:知恵袋

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